2008年05月25日
最大な試練
去年までの私とは違う私がいる。
去年までの私が凄く懐かしい感じもするが・・・
新しい生活を支えてくれるものとの出会いはあった。。
自分の本質を知ってしまった今の私を理解できる人はほとんどいないだろう。。
私は、今未知なる扉の前・・・
私自身を受けとめることによって、人々に愛のエネルギーを送る為・・・
日々前進するように修練を重ねている。
私は多分家族と一緒に過ごしていても、孤独感を解消することはできないだろう。
私の事をある理由から知った友人は、受けとめるには困難だと・・・
私の家族は理解できない、いや理解しないだろうと・・・語る。。
私自身それがわかるから、ありのままの自分を表現することができない。
真に自分を理解してくれる仲間たちはいるが~
私に真の力がついた時、本当の私を認め理解してもらえるのだろうか?
それでも無理なら、きっと別れが来る。。それがいつになるのか・・・
天から与えられた試練から逃げだすわけにはいかない。。
私は鍛え抜くことで、私自身の持って生まれた力を開花させなければならない。
自分の使命と家族。決断しなければならない日がきっと来るだろうと予感さえしている。
去年までの私が凄く懐かしい感じもするが・・・
新しい生活を支えてくれるものとの出会いはあった。。
自分の本質を知ってしまった今の私を理解できる人はほとんどいないだろう。。
私は、今未知なる扉の前・・・
私自身を受けとめることによって、人々に愛のエネルギーを送る為・・・
日々前進するように修練を重ねている。
私は多分家族と一緒に過ごしていても、孤独感を解消することはできないだろう。
私の事をある理由から知った友人は、受けとめるには困難だと・・・
私の家族は理解できない、いや理解しないだろうと・・・語る。。
私自身それがわかるから、ありのままの自分を表現することができない。
真に自分を理解してくれる仲間たちはいるが~
私に真の力がついた時、本当の私を認め理解してもらえるのだろうか?
それでも無理なら、きっと別れが来る。。それがいつになるのか・・・
天から与えられた試練から逃げだすわけにはいかない。。
私は鍛え抜くことで、私自身の持って生まれた力を開花させなければならない。
自分の使命と家族。決断しなければならない日がきっと来るだろうと予感さえしている。
2008年05月18日
講習会を終えて!!
4 月 26 日、27 日にかけて、芦福君老師から八卦掌と形意拳を教えていただいた。八卦掌、形意拳は、中国古代の貴重な文化遺産で、本来なら太極拳を学ぶ前に八卦掌を学ぶことが最も重要とされているようだ。実際、腰の回転、ひねりを中心とした型は、五臓六腑の気のめぐりをよくする為、健康増進に役立つ。脳の活性化にもつながるし護身術にもなる。。
女性なら美容とダイエットにもつながる。。
対象的に形意拳はまさに武術であった。。中国の伝統武術。。
様々な動物の形態を模倣するという動きは、自然の生態をイメージし、身体で表現することによって野生動物の大いなるパワーを身につけることができる拳術だという。
老師の動きの速さに、想わず息を飲み込む・・
修練者にとって一番何が大切であるかを体験させていただいた講習会だった。
芦老師は、修練するにあたり大事な心構えとして「修心養性」が重要だと仰っていた。
「身体をつくる為にはまず心をつくらないといけない。
強い身体と心があれば、どんな状況に置かれても自分自身が振り回されないように心穏やかになれる。
健康で幸せな生活を築く為にも、心をつくりなさいと・・・」
また、こうも仰っていた。
「徳を積む生活を送りなさい。自分の為ではなく、どれだけ人の為にできるかということを常に考えて行動しなさいと・・・」
揺るぎない信念と忍耐強さがあれば・・・人はどんな辛いことにも立ち向かうことができると想っていた私にとって、芦老師の言葉は雷を打たれたように共鳴した。
太極拳といえば型や順番を覚えればよいという技術面だけを求める人は多いと想う。
でも太極拳を学ぶことは技術だけにあらず・・・自分自身の内なる心と向き合うことが大切なのである。
大極哲学という真理を掴まなければならない。
理解すること。実際に体感すること。。
そこから真の太極拳修練者としての道を一歩進むことができるのである。
私は昔から太極拳が好きで色々な門を叩いてみた。。だがどれも心惹かれはしなかった。きっと私が求めている太極拳の世界ではなかったのだろう。
私が心のそこから追い求めていた太極拳の世界にやっと巡り会えた・・・
その喜びが私を全ての重荷から開放させていく。心が軽くなっていくのである。
来年 5 月に上海で世界大会が開催されるが、私はこの眼で世界大会を見に行こうと想う。
新たな出会いがあるかもしれないと予感めいたものを感じている。
確実に私の視野が広くなるだろうと胸が高鳴っていくのがわかる。。
太極拳の世界は不思議な世界だ。。だが私には変化を受けとめる素養はあるようだ。私がもっとも私らしくいられる場所・・・
この場所で私自身を見つめなおし、日々修行していきたい。
それにしても、芦老師の愛弟子であるクヮン・チュン・ウェイ君は、全国伝統武術大会児童部で第一位の成績を獲得するほどの実力者だが、彼は学年でも一番とのこと。。
現在の中国では、学力向上の為、小学 1 年生の時から英語や数学を徹底的に勉強させているようだ。。
彼は、今の中国は学力向上の面だけを重視して、徳を修めることが欠けている。
こんな教育は駄目だ、、徳を積む教育が大事だ。。と語っていた。。
何気ない仕草はホントに子供なのに、やはり彼もひとりの修練者なのであろう。
恐るべし小学 5 年生である

我々大人も彼を見習いたいものだ。。
2008年05月06日
勇猛精進!!
昨日が祖母の初七日だったが・・・取りあえず無事に終わった・・・
祖母が亡くなってまだ一週間しか過ぎていない。だが、私にとってはいろいろな出来事を体験した一週間だった。
私の身に起きた出来事を、言葉で伝えることは難しい。。
誰にも相談できない辛さが私を悩ませていたが・・・体力をつけて自分自身を鍛え強くならないといけないことだけははっきりと理解していた。
物事に対しては前向きに楽観的に考え、あまりマイナス思考は持たない・・・
知的好奇心に駆られると、積極的に行動していく私でも、今回の事は受けとめるには容易ではなかった。
それに元々私は繊細な女性だ。時には臆病にもなり気も弱くなる。
そんな私が、今までの出来事を消化できたのは、やはり太極拳を学んでいたお陰だろう。。
太極拳は少なからず私の精神力を鍛えていたようだ。。
さもなければ、私は今頃自分の殻に閉じこもり最悪鬱状態になっていたかもしれない。
一連の流れを全て受けとめることができた時、私の中に果敢に挑戦する精神が宿っていることに気付いた。
勇気を行動に移そうという新たな想い・・・。
全ての出来事は夢ではない。。これを克服することもひとつの試練なり。。。
前向きに物事を見つめ直す心を取り戻した時、これから起こりうる出来事も流れに身を任せながら乗り越えていきたいと想った・・・。
それでも、気分が落ち込みそうになった時は、外を飛び出して景色を見渡したりしている。。不思議だが、木・草花・広い空を見つめることで、視野が広がり、心が広くなっていくような気がするからだ・・・。
何かに躓いた時、広い世界を見渡すことで、心はきっと強くなれるだろう。
いつしかそんな想いに駆られていた。。。
祖母が亡くなってまだ一週間しか過ぎていない。だが、私にとってはいろいろな出来事を体験した一週間だった。
私の身に起きた出来事を、言葉で伝えることは難しい。。
誰にも相談できない辛さが私を悩ませていたが・・・体力をつけて自分自身を鍛え強くならないといけないことだけははっきりと理解していた。
物事に対しては前向きに楽観的に考え、あまりマイナス思考は持たない・・・
知的好奇心に駆られると、積極的に行動していく私でも、今回の事は受けとめるには容易ではなかった。
それに元々私は繊細な女性だ。時には臆病にもなり気も弱くなる。
そんな私が、今までの出来事を消化できたのは、やはり太極拳を学んでいたお陰だろう。。
太極拳は少なからず私の精神力を鍛えていたようだ。。

さもなければ、私は今頃自分の殻に閉じこもり最悪鬱状態になっていたかもしれない。
一連の流れを全て受けとめることができた時、私の中に果敢に挑戦する精神が宿っていることに気付いた。
勇気を行動に移そうという新たな想い・・・。
全ての出来事は夢ではない。。これを克服することもひとつの試練なり。。。
前向きに物事を見つめ直す心を取り戻した時、これから起こりうる出来事も流れに身を任せながら乗り越えていきたいと想った・・・。
それでも、気分が落ち込みそうになった時は、外を飛び出して景色を見渡したりしている。。不思議だが、木・草花・広い空を見つめることで、視野が広がり、心が広くなっていくような気がするからだ・・・。
何かに躓いた時、広い世界を見渡すことで、心はきっと強くなれるだろう。
いつしかそんな想いに駆られていた。。。
2008年05月01日
祖母・・・別れ
母方の祖母が 99 歳で天寿を全うし永眠した。
大動脈が破裂し、輸血を伴う大手術を行なった。手術は一旦成功したかに想えたがやはり天命だったのだろう。二日前に逝去された。
家族の絆、血縁の絆は簡単に切れはしない。。それ程、絆や想いというものは深いものであることを祖母の死によって私は知ることになる。
私は父方の両親が離島に住んでいた為、小さな頃は祖母に育てられた。だから祖母の死は私にとってあまりにも衝撃的であった。
祖母が倒れたという知らせを受け、翌日、病院を訪れたが、ICU にいた祖母を見ているとあまりにも痛々しくて私はある人に住職様と連絡を取っていただきひとりで寺へ向かった。何もできないが祈ることで祖母の苦しみや痛みを取り去ってあげたかったのである。
その寺には、高貴で見事な観音像があり、私はひたすら祖母のことを祈り続けた。そこの空間はまるで一瞬時が止まっているかのような静けさで、観音像から光を浴びている感じを受け心が温かくなっていった・・・
次第に頭が重くなり、、不思議な現象を受けた。その現象は、祖母のことだけでなく私の悩みも全て清浄している感じがして涙が溢れてとまらなかった。
祖母はとても気丈な人だった。。どんな時でも、弱音を絶対吐かない強い人だった。その祖母の血を濃く受け継いでいるのが私の母だ。
祖母亡き後、辛い気持ちを抑え気丈にも通夜の準備や葬式の手配などを采配していた。。他にも兄妹はいるが、皆悲しみに打ちひしがれていたからだ。。私は悲しみを抑えている気丈な母の姿を見て、母の娘であることを誇りに想った。
私は祖母が亡くなる前にとても不可思議な体験をしたが・・・その現象が何かは、祖母の亡き後に理解することになるが・・・
それが理解できた時、私は祖母のあまりにも深い心温かな愛情を知り、暫くは涙が止まらなかった。。
そして私は祖母の死によって、自分が生涯かけて進まなければならない道を知ることになる。。。
過去の拘りを全て捨て去り、真の道へ進むべく、体を鍛え、心を磨かなければならない。。その道に進むことが祖母の意志であり、私自身も望んでいることだからだ。私は祖母に約束した。強くなることを・・・
それにしても、、太王四神記のオリジナルサウンドトラックを購入したが、音楽が今の私の心と共鳴するかのようだ。。
聴いていると、次第に心が強くなっていくから不思議だ・・・
心が疲れている時は一度聴いてみたら良いと想う。。
大動脈が破裂し、輸血を伴う大手術を行なった。手術は一旦成功したかに想えたがやはり天命だったのだろう。二日前に逝去された。
家族の絆、血縁の絆は簡単に切れはしない。。それ程、絆や想いというものは深いものであることを祖母の死によって私は知ることになる。
私は父方の両親が離島に住んでいた為、小さな頃は祖母に育てられた。だから祖母の死は私にとってあまりにも衝撃的であった。
祖母が倒れたという知らせを受け、翌日、病院を訪れたが、ICU にいた祖母を見ているとあまりにも痛々しくて私はある人に住職様と連絡を取っていただきひとりで寺へ向かった。何もできないが祈ることで祖母の苦しみや痛みを取り去ってあげたかったのである。
その寺には、高貴で見事な観音像があり、私はひたすら祖母のことを祈り続けた。そこの空間はまるで一瞬時が止まっているかのような静けさで、観音像から光を浴びている感じを受け心が温かくなっていった・・・
次第に頭が重くなり、、不思議な現象を受けた。その現象は、祖母のことだけでなく私の悩みも全て清浄している感じがして涙が溢れてとまらなかった。
祖母はとても気丈な人だった。。どんな時でも、弱音を絶対吐かない強い人だった。その祖母の血を濃く受け継いでいるのが私の母だ。
祖母亡き後、辛い気持ちを抑え気丈にも通夜の準備や葬式の手配などを采配していた。。他にも兄妹はいるが、皆悲しみに打ちひしがれていたからだ。。私は悲しみを抑えている気丈な母の姿を見て、母の娘であることを誇りに想った。
私は祖母が亡くなる前にとても不可思議な体験をしたが・・・その現象が何かは、祖母の亡き後に理解することになるが・・・
それが理解できた時、私は祖母のあまりにも深い心温かな愛情を知り、暫くは涙が止まらなかった。。
そして私は祖母の死によって、自分が生涯かけて進まなければならない道を知ることになる。。。
過去の拘りを全て捨て去り、真の道へ進むべく、体を鍛え、心を磨かなければならない。。その道に進むことが祖母の意志であり、私自身も望んでいることだからだ。私は祖母に約束した。強くなることを・・・
それにしても、、太王四神記のオリジナルサウンドトラックを購入したが、音楽が今の私の心と共鳴するかのようだ。。
聴いていると、次第に心が強くなっていくから不思議だ・・・
心が疲れている時は一度聴いてみたら良いと想う。。
2008年04月23日
体への異変・・・覚醒
太極拳の稽古をはじめてから 9 ヵ月が過ぎた頃、私の体に異変が起きてきた。
指先が痛くなり、時に、指先が熱くなる現象。。
稽古をしている時、外出している時、家事をしている時、その時々で両手の指先が痛くなり熱くなる。。特に左手が敏感に感じてくる・・・
訳のわからない現象に戸惑い、あきらかにおかしいと感じた私は、太極拳の師に説いてみた。先生の答えは一言だけ。。「気」がではじめているとのこと。
気?
「気」は誰もが持っているが、それは修行を通して身に付けていく力だと仰っていた。要するに、修行もそこそこで未熟な私に「気」だけがでてきてしまったことだけはわかった。
私が話すことは意味不明だと感じる人もいるだろう。
「気」は、生体エネルギーであり、「気」をコントロールすることで、自己が本来持っている潜在能力を開拓することができ、心身の強化や病気の予防をしていく力だと言われている。
気功には内気功と外気功の二種類があるが、基本的に人の気の流れを良くするものが内気功。陳式心意混元太極拳で会得していく力は、内気功となる。
簡単に説明したが、本当はそんな単純な力ではないし簡単に身につけられる力でもない。まして興味があるからといって気の力を自己流で学ぶことは極力避けた方が良いことを伝えておく。興味がある方は調べてみると良い。。
指導員に相談すると、気功を鍛錬することで個人差はあるが、誰でも開花できる力であると言う。潜在能力が高い人は、稀にその力が早く開花することがあるようだ。その言葉は鑑定を受けた時に同様に師から言われたことでもあった。
潜在能力についてはご存知の方も多いだろう。一般には、脳と心をコントロールすることで自分の夢を実現させていく能力。本来誰もが備えている能力だが、ストレスを感じる日常生活の中では、その能力は次第に退化して、自身の身体の奥底で眠ってしまっていると言われている。
信じられないことだが、私の体に眠っていた潜在能力によって「気」の力がでてきてしまったようだ。。
あまりに唐突にでてきた体の異変が「気」であることを知った私は、はじめは戸惑いこそしたが、その現象をおもしろく感じていた。元々好奇心旺盛な私である。
不思議な力に魅了され、自宅でも気を練ったりしていたら暫くすると頭が重くなり気分が悪くなる現象が起きてきた。
それで一時気のエネルギーを悪戯に遊ぶことは止めた・・後から知ったが、気功は、一歩間違えると体に異変だけでなく精神的にも危険な状態に陥る可能性も無きにしも非ず。。。
とにもかくにも真の気の力 (エネルギー) を知った時、私は今まで体にうけたことがない力を感じ、その力に怯える日々を過ごすことになる。
指先が痛くなり、時に、指先が熱くなる現象。。
稽古をしている時、外出している時、家事をしている時、その時々で両手の指先が痛くなり熱くなる。。特に左手が敏感に感じてくる・・・
訳のわからない現象に戸惑い、あきらかにおかしいと感じた私は、太極拳の師に説いてみた。先生の答えは一言だけ。。「気」がではじめているとのこと。
気?
「気」は誰もが持っているが、それは修行を通して身に付けていく力だと仰っていた。要するに、修行もそこそこで未熟な私に「気」だけがでてきてしまったことだけはわかった。
私が話すことは意味不明だと感じる人もいるだろう。
「気」は、生体エネルギーであり、「気」をコントロールすることで、自己が本来持っている潜在能力を開拓することができ、心身の強化や病気の予防をしていく力だと言われている。
気功には内気功と外気功の二種類があるが、基本的に人の気の流れを良くするものが内気功。陳式心意混元太極拳で会得していく力は、内気功となる。
簡単に説明したが、本当はそんな単純な力ではないし簡単に身につけられる力でもない。まして興味があるからといって気の力を自己流で学ぶことは極力避けた方が良いことを伝えておく。興味がある方は調べてみると良い。。
指導員に相談すると、気功を鍛錬することで個人差はあるが、誰でも開花できる力であると言う。潜在能力が高い人は、稀にその力が早く開花することがあるようだ。その言葉は鑑定を受けた時に同様に師から言われたことでもあった。
潜在能力についてはご存知の方も多いだろう。一般には、脳と心をコントロールすることで自分の夢を実現させていく能力。本来誰もが備えている能力だが、ストレスを感じる日常生活の中では、その能力は次第に退化して、自身の身体の奥底で眠ってしまっていると言われている。
信じられないことだが、私の体に眠っていた潜在能力によって「気」の力がでてきてしまったようだ。。

あまりに唐突にでてきた体の異変が「気」であることを知った私は、はじめは戸惑いこそしたが、その現象をおもしろく感じていた。元々好奇心旺盛な私である。
不思議な力に魅了され、自宅でも気を練ったりしていたら暫くすると頭が重くなり気分が悪くなる現象が起きてきた。
それで一時気のエネルギーを悪戯に遊ぶことは止めた・・後から知ったが、気功は、一歩間違えると体に異変だけでなく精神的にも危険な状態に陥る可能性も無きにしも非ず。。。
とにもかくにも真の気の力 (エネルギー) を知った時、私は今まで体にうけたことがない力を感じ、その力に怯える日々を過ごすことになる。


